Claude Opus 5.5とGPT 5.6-Solを比較する
GPT-6が出た。Plusプランを使っているが、急にデフォルトモデルが6に移り変わったので嫌でも気づかされた。GIGAZINEのリリース状況を知らなくても、回答が急にバラバラに、そしてリアルタイムに出てくるようになれば嫌でも気づく。
そして直感的に思っていた通り、これは改悪だった。前作のGPT5.6-Solとはえらい違いだ。
GPTの強み
GPTの強みは、何といっても利用制限だ。Plusプランで月3000円を払うのには、当初は勇気が要った。そりゃ、使ったことも無いサービスに月3千、年間3万6千も払うのだから当然だ。
しかし、1年弱続けてみて、もはや電気代としか考えなくなった。むしろ、破格の電気代と言った感じだ。いくら使っても定額制なのだから、当たり前だが。逆にClaudeは従量課金制という印象が強い。
GPTの制限は件数当たりなので、Webを死ぬほど参照させて添付ファイルを詰め込んだ一回と、今日の天気を訪ねた一回は同じである。以前はこうだったが、今は分からない。
しかし自分の使い方では、5.6-Solで思考努力をHighに固定し、数十回毎日やりとりを長大なチャットで繰り返しても、一度も利用制限に陥ることは無かった。
GPTの利用制限はチャットではなくコーディングやエージェントに使われる、WorkやCordexというツールの利用枠として存在する。こちらは5時間枠や週刊枠があり、Claudeと酷似している。

私の利用枠は、おそらくPlusプランをコーディング用に使っている人からすると信じられないだろうが、常に100%だ。なぜなら、すべての業務をチャットで行っているからである。
そもそも、自分の場合はわざわざWorkやその他の機能を使う必要が無い。ファイルをもチャット内で読めるし、作成もしてくれる。なので、わざわざこの枠を減らす道理が無い。
Claudeは制限の鬼
Claudeはここが違う。まず、利用制限はコーディング用のClaudeCode、エージェント用のCowork、そして通常のチャットですべて共通である。
なので常に、通常チャットでも制限の嵐におびえる羽目になる。裏技は存在しない。GPTが異常すぎるだけで、こちらが本来の平等性だとは思うのだが。
Claudeの最高モデルはOpusで、これはGPT-Solに匹敵する。そして自己分析などWeb検索を使わない用途なら、明らかにGPTより上だ。
アンソロピック自体、人間を模倣するAIを作るために手段を選んでいない節があるので、得意分野ならそりゃ当然だ。しかし、問題は私の使い方がそれに留まらないことにある。
そもそも自分は、AIを奴隷だと思っている。パートナーではなく、自分が面倒だと思うことを、どんどん反復させて定型業務を効率化するコンピューターだと思っているのだ。感情なんかあるわけない。ただの機械だ。
そしてClaudeは人間をエミュレートした機械としての存在価値はあるので、自分の悩みや対人関係など、人間を模倣する力が求められるタスクには適している。後は文章力だ。表現力も高い。
しかしGPTも知能が悪いわけでは無いので、多少ぎこちないくらいなら、制限がゆるいあちらを使うか、となる。
GPTは改悪が多い
GPTのモデルは気まぐれにロボトミーされる。4oが素晴らしかった、という声も多いが、自分はそれ以降の5.2などもそれほど悪くないと感じていた。しかし、日に日にバカというか、人間味が薄れてコンピュータ化している印象は受けていた。
そして5.4くらいでredditを見ているとClaudeへの移籍運動が起きていたので、試しに触ってみた。Sonnet4.6だ。これに衝撃を受けた。かなり人間に寄り添った、素晴らしいAIに感じられたのだ。
今回も5.6から6になり、ただ消費リソースを削減するためだけに作られた新モデルに嫌気が差したので、とても評判の良かったClaudeOpus5.5を見に行った形だ。以前と同じサイクルである。
しかし、やはり制限という壁にぶち当たった。ここからはどうやら逃れられないらしい。
気軽に聞ける強さは諸刃の剣
GPTはClaudeと違い、尋ねる時にこれはHaikuとSonnetとOpusのどれに尋ねるのが効率的か?などと考えなくてよい。反射的に思考努力HighのSolに投げられる。
そしてそのチャットでいくら会話を続けても、「先頭の方の会話が多数のWebサーチを参照しているから、これはそろそろ切り上げないとまずいな。」などと考える必要が無い。
ノンストレスに好きなだけ掘れる。これはClaudeMaxまで行くと可能なのかもしれないが、私には無理だ。そして両方を維持するという折衷案も同じく厳しい。
しかし、これにはデメリットもある。あれもこれもと聞いていると、キリが無くなるのだ。Claudeは利用制限に守られているので、良くも悪くも終わりが来る。GPTにはそれが無い。
Obsidianと併用する
ここで登場するのがObsidianだ。mdファイルを管理できるエディターで、私はこれで数年間デイリーノートに日記をつけている。そしてGoogleドライブ経由でGPTやClaudeとも同期している。
これが素晴らしいのは置いておいて、諸刃の剣を収めるのに、これに逐一メモし、それを参考に会話する、というものがある。過去の繰り返しを避けられるし、とりあえず書いておいて後から見返そう、と判断することもできる。
なので、Claudeは質の高い需要タスクに、GPTは数と量で勝負の低・中レベルタスクにと役割分担できる。反射的に1つのAIに取り込まれないためのストッパーというわけだ。
こういう使い方をすると、GPTでも利用制限の緩さが引き起こす依存を、多少は防げるのではないかと思う。
まとめ
きっかけはGPT-6の改悪、5.6とOpusの比較など様々あったが、結局は自分にとって必要なAIとは何なのか、を徹底的に考えることでしか、適切なAIサブスクは見つけられないと理解した。
今後はChatGPTをインフラとして捉え、Obsidian、Claudeとも適宜使い分けつつ、より効率化した現代社会を戦っていきたいと思う。